江戸文化歴史検定
今年も母親が「江戸文化歴史検定」を受けてきた。
昨年は東京の明治大学かどこかだったけど、結構人気の検定で横浜会場も
作ったらしいが、場所は関内のYMCA。ここはちょっとしょっぱい。
やはり検定試験なら大学の方がモチベーションは上ると思うな。
夕方電話をしたところ、何と、朝、関内駅で転んだらしい。
試験の前に転ぶとは、お約束のように縁起の悪い女である。
「試験の前に滑ったかーー」なんて言ってしまったが、心優しい娘はちゃんと
帰りに湿布を買ってきてやった。心優しいのか、心ないのかわかんないけど
本人はどっと疲れて帰ってきて、思いもよらない問題が出た。って
当たり前じゃないか。思いもよる問題が出たら試験じゃないって。
というわけで、今回も試験問題からちょっと抜粋。
解いてみてください。答えは下の続きってところで見てちょ。
1)東海道も中山道も江戸と京を結ぶ街道です。では日本橋で分かれた中山道と
東海道が合流するのはどこでしょう。
①尾張、名古屋 ②近江、草津宿 ③ 近江、大津宿 ④ 京、三条大橋
2)徳川家康は慶長9年(1604)に江戸城の増築を西国の大名に命じました。
このとき築城の名手と謳われたある大名が縄張りをしましたが、それは誰
①加藤清正 ②蒲生氏郷 ③藤堂高虎 ④福島正則
3)江戸城築城は、全国の大名が動員されたことから「天下普請」といわれました。
石垣づくりには、特に大量の石が必要とされましたが、その石はおもに
どこから運ばれたのでしょう。
①筑波山 ②房総半島 ③伊豆半島 ④甲府盆地
4)寛政9年(1797)、それまでの林家の家塾をもとに幕府の正規の教育機関
「昌平坂学問所」が設置されました。その場所はどこ
①小石川 ②四谷 ③本郷 ④湯島
ほんのちょっとだけど、結構難しい。私も時代小説を読むので、ちょっとは
わかったけど、ほぼ全滅。
まぁ、母親も齢76歳。その年で勉強ってのは偉い。結果はどうあれ天晴れである。
と、こう本人に褒めると、すぐ木に登ってしまうので、本人にはいわないけど
そして、毎年何故か凝った紙袋をもらってくる。今年の袋はこれ。
いくら私でもこの袋をさげて帰る勇気はないな…。
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